2006年に誕生したTwitter(現・X)は、わずか140文字の「つぶやき」から始まった。 ブログでもなく、SNSでもないその軽やかな形式は、やがて世界中の情報の流れを変えていく。 個人の独り言がニュースを動かし、政治を揺るがし、文化を生み出した──。 いま、誕生から18年を迎えたこのプラットフォームを、当時の熱気とともに振り返ってみたい。
2000年代後半、静かな革命が始まった
「独り言」がメディアを変えた
2007年の夏、筆者はツイッターを始めた。 当時のTwitterはまだ小さな実験のような存在で、「鳥がさえずる」という語源に象徴されるように、気ままな雑談の場だった。 ブログに疲れた人たち、SNSで人間関係に疲れた人たちが、肩の力を抜いて「今なにしてる?」とつぶやく──そんな“気楽なネット”の新形態として登場したのだ。
mixi全盛期からの転換点
日本ではちょうどmixiの全盛期。SNS疲れという言葉が生まれ、匿名性の高い「ゆるいつながり」への渇望が芽生えていた。 Twitterは、その空気にぴたりと合致した。ブログよりも短く、チャットよりも軽く、そして人間関係のしがらみから少し自由になれる場所だった。
2009年、世界が動いた──140文字の政治
「オバマの選挙」が象徴した時代
2009年になると、Twitterは単なる雑談の場を超え、社会的影響力を持つメディアに進化していた。 オバマ大統領が選挙戦で活用したことは象徴的だ。個人の「つぶやき」が、国を動かす選挙戦略に組み込まれた。 短文ゆえに瞬発力があり、フォローやリツイートによる拡散性が高い──この構造が情報伝達のスピードを変えた。
企業の「公式アカウント」時代の到来
日本では2009年、IBMやオラクルなどの外資系企業が相次いで公式アカウントを開設。 当時の記事には「プレスリリースをツイッター経由で配信」とある。 広報のあり方が変わり始めた瞬間だった。 「つぶやき」は、マーケティング、ジャーナリズム、政治までをも巻き込み、従来の“報道の構造”そのものを揺さぶった。
2010年、日本でもブームの頂点へ
鳩山由紀夫首相の参入
2010年元旦、鳩山由紀夫首相がアカウントを開設した。 この出来事は、日本でのTwitterブームを象徴する“頂点”だった。 新聞社やテレビ局も次々に参入し、「速報の最前線」がブラウザーの中に出現した。 著名人の発言がニュースとなり、一般人の投稿が社会を動かす。 情報の非対称性が一気に崩れた時期だった。
手軽さと危うさ
当時の記事では、すでに「なりすまし」や「スパムアカウント」への懸念が語られていた。 手軽さの裏に潜む危険──これは、SNS全体に共通するテーマとして現在も続く。 140文字という制約が表現の純度を高める一方で、誤解や炎上も生みやすい。 その「光と影」は、黎明期からすでに存在していたのだ。
2020年代、プラットフォームの成熟と再編
「X」への改名と文化の断層
2023年、イーロン・マスクによる買収を経て、Twitterは「X」へと改名された。 だが、名称が変わっても、140文字(後に280文字)で世界を語る文化は根強く残った。 AI生成コンテンツが増えた今でも、「個人の肉声」への信頼がどこかにある。 その源流は、2007年の“独り言”文化にあると言ってよい。
つぶやきから社会装置へ
かつては「つぶやき」と呼ばれた140文字は、いまや“社会装置”になった。 災害時の安否確認、政治運動、経済市場の動向、エンタメの祭典── あらゆる領域で、Xは世界のリアルタイム反応を映す鏡となっている。 それは同時に、「情報との向き合い方」を私たち一人ひとりに問う存在でもある。
そして未来へ──「声なき声」を拾う時代へ
AIと共存するコミュニケーション
2025年のいま、XはAIとの共生空間へと進化しつつある。 投稿の生成、トピックの要約、感情の解析──人間の「声」を補完する技術が進む一方で、 “誰が語っているのか”という本質的な問いが再び浮かび上がってきた。 2007年の「独り言ブログ」には、まだ人間の温度があった。 AIが文章を紡ぐ時代になっても、その温度をどう残すかが、次のテーマになるだろう。
「140文字の思想」は生き続ける
18年の歳月を経て、Twitterは姿を変えながらも、その根底にある思想── 「短い言葉で、世界とつながる」──は生き続けている。 それは、デジタル社会における最も人間的な願いのひとつなのかもしれない。
